日本では通称“紺ブレ”と呼ばれ、世代を超えて親しまれるアイテム、ネイビーブレザー。この不朽の名作ジャケットと、切っても切れない密な関係を築いている紺ブレ愛好家をゲストに迎えて、語り尽くす新連載「私と紺ブレのいい関係。」。第2回は、東京とサヴィル・ロウで経験を積んだビスポーク・テーラーの平野史也さんに、紺ブレの奥深い魅力を伺った。
NAVY’S CLUB No.002
平野史也
テーラー
ひらの・ふみや/1985年愛知県生まれ。国内テーラーで修業を積み、2012年に渡英。2015年、ロンドンで独立。2020年に帰国し、西麻布にアトリエを構える。伝統的な英国スタイルを軸に、日本で習得した繊細で美しい縫製も駆使し、ビスポークスーツを提案。自身の名を冠したパンツ専業ブランドも展開。
英国、米国の代名詞として意匠のように親しまれるディテールがある。
仕事柄、ジャケットを着ることが多いのですが、中でも、最も袖を通すのが紺ブレです。私がテーラーの修業をしたイギリスでは一般的なジャケットのことを“スポーツコート”と呼ぶように、ブレザーは特別な存在です。とても汎用性があり、着こなしの受け皿が広いので、パンツはグレースラックスからデニムまで、その日の予定や会う人によって替えて楽しむことができます。
極寒の真冬以外はほぼシーズンレスで着られるのも特長で、ワードローブとしてとても重宝する一着なのですが、意外とまだ持っていないというお客様の声をよく耳にします。
できるだけ多くの人に、紺ブレの魅力と奥深さを知ってもらいたい。そう、常日頃思っています。
何より、国ごとの文化や生産背景によって、ディテールがところどころ異なるのも面白いところ。シルエット以外にも、ボタン、ポケット、ベント、裏地にその特長がよく表れています。
例えば、私のブレザーとJ.PRESSの「ファーストブレザー」を並べるとわかりやすいでしょう。英国なら2つボタン。チェンジポケットとサイドベントの仕様が一般的で、裏地は派手。対して、アメリカは3つボタン。パッチポケットとフックベントの仕様で裏地は無地。そういった、それぞれの国の代名詞のような意匠がはっきり見られるアイテムなんですよね。私自身どちらの意匠にも面白さがあると思っていて、私が仕立てるジャケットは“英国から見たアメリカっぽいブレザー”を意識して表現しています。
右が、J.PRESSの「ファーストブレザー」。従来の『オーセンティックブレザー』に比べ、軽さを重視した仕立て。ラペルを少し細くし、オールシーズン着やすい背抜き仕様になっている。左の、平野さん自身が仕立てた愛用のブレザーは、ダークネイビーに金色の2つボタン。チェンジポケットとサイドベントの仕様で、派手な赤い鳥の柄の裏地を配した、イギリスのサヴィル・ロウの流れを組んだ王道のスタイル。
実際に、最近はロンドンのサヴィル・ロウへの注文数の4割がアメリカの顧客から。そういう意味では、今は国境や文化を越えてファッションとして親しまれるものになったと思います。
それぞれの魅力を簡単に表すなら、英国は「ちゃんとして見えるブレザー」、アメリカは「より汎用性が高く、どんな装いにも合わせやすいブレザー」。それぞれの違いは、善し悪しではなく、お互いの魅力として扱うべきものだと私は捉えています。
“スキ”を愛でるのが、紺ブレの文化。
英国のビスポークは手縫いが美徳とされますが、アメリカ製の一般的なブレザーはミシンステッチが特徴です。精密さに欠けるとか、縫製の甘さや雑さが取り上げられることも多いですが、それは洋服に必要な“スキ”だと私は考えます。
J.PRESSの「ファーストブレザー」は精密で雑さは感じませんが、ビスポークスーツを扱っていて思うのは、“スキ”をつくることで、それが味わいになり、魅力や愛着が増す。だから私が仕立てるスーツにも、一般的な英国製のものにも、甘さや雑さといった“スキ”はあえて残しています。あまりに精密で完璧だと、おそらく味気ないものになってしまうでしょう。
ボタン裏にも、ブランドのこだわりを読み解くヒントがある。
J.PRESSの「ファーストブレザー」は、短い着丈に合わせて、フックベントの深さはやや浅めに。
ゴージの高さや襟幅もジャケットごとの特長がある。
一般的に36サイズの場合、着丈は72cmくらいがアベレージですが、J.PRESSの「ファーストブレザー」はそれよりも1cm短いのが特徴なんですね。これだけでも違いは大きくて、ショート丈の方が、見た目が軽快で何でも合わせやすいので、より汎用性が高い。まさに一着目にふさわしい仕様だと思います。 そんな着丈に合わせて、フックベントがやや小さく、その幅と深さは全体のバランスに合わせてしっかりと調整されていることがわかります。これも、仕事が行き届いている証拠ですね。
ボタン一つにも、お国柄の違いがある。
「ファーストブレザー」は、ボタンひとつにもこだわりが見られます。このご時世に、わざわざボタン裏にUSA製である証が刻印されているなんて。この一手間に感心しました。
紺ブレのボタンは、英国もアメリカも共通して金色か銀色。刻印なしのソリッドなものか、通った学校や所属を表す刻印が記された“人の体を表す”ディテールとして親しまれています。
違いは、重量と素材。英国のボタンはフラットな形で真鍮製。金メッキで塗装するため、使っていくうちにくすんできたり、錆びたりするので、それを防ぐため表面に加工を施す場合もあります。そうやって何層も加工を重ねるので、ずっしりと重たいボタンが多い。 対して、アメリカ製のボタンは中が空洞になったドーム型で、とにかく軽い。だから使っていくうちによく凹むんですが、それがいいです。これも、あえての“スキ”の一つで、味わいが増して自分だけの一着になっていきます。英国でも、こういったドーム型ボタンはあるんですけど、絶対に凹まない。だからサヴィル・ロウのテーラーの中には、アメリカのボタンの味わいをかっこいいと思っている人も多くいるんです。 また裏穴ボタンのリング部分が丸くて長いのもアメリカ製の特徴で、コテっと傾くところがいい。これも“スキ”の一つ。常に正面を向いていると動きがなくて、少しつまらないんですよね。
大人にとって最強の“遊びのジャケット”。
やはり袖を通すとよくわかりますね。肩に丸みがあり、ウエストを絞るフロントダーツがないボックス型のシルエットはまさにザッツ・アメリカンな表情ですね。
私の場合は、サヴィル・ロウの流れを組んだ教科書通りのスタイリングが染み付いているので、とても新鮮です。紺ブレの日は、足元はほぼローファー。このジャケットに合わせるなら、アメリカへのオマージュを込めてコードバンのものが好み。
J.PRESSの「ファーストブレザー」の着心地を、実際に袖を通して確かめる。
日本の職人が手がける〈ボレ ロ〉のビスポークシューズを愛用。
ただ、紺ブレとローファーはコスプレっぽく見えやすい組み合わせでもあるので、ニットで抜け感を出す。そういったことをスタイリングでは考えます。 少し気が早いですが、夏はサンダルとTシャツを合わせてみたり、それくらい自由な感覚で、“遊びのジャケット”としてさまざまな装いが楽しめそうです。
photo: Takahiro Otsuji
text&edit: Keiichiro Miyata
title : Adrian Hogan
direction: Akiko Jimbo
NAVY'S CLUB by J.PRESS